第17回 知識構造化シンポジウム
~設計開発部門のSSM実践 未然防止活動の多彩な工夫~
日時:2025年9月19日(金) 13:30~17:00
【ライブ配信開催】
『設計開発部門のSSM実践 未然防止活動の多彩な工夫』
SSM (Stress-Strength Model)について詳しく知りたい方は、以下のWebサイトをご参照ください。
1. はじめに
第17回知識構造化シンポジウムが、2025年9月19日(金)に日本科学技術連盟・東高円寺ビルにてライブ配信で開催された。今年のシンポジウムでは、設計開発部門におけるSSM知識を活用した未然防止活動をテーマに、SSM導入企業3社が講演した。具体的には、設計品質向上に向けた業務プロセス改善、知識運用の工夫、AIを活用した知識づくりなど設計現場でのSSM活用を深める多彩な工夫について、講演や議論が行われた。
2. プログラム
| 時間 | 内容/講演者(敬称略) |
|---|---|
| 13:30~13:40 | オリエンテーション |
| 13:40~14:15 | 事例講演1:「医用機器の設計開発におけるSSM活用による品質トラブル未然防止の取り組み」 笠井 貴之株式会社島津製作所 総合デザインセンター 設計推進ユニット 主任 |
| 14:15~14:50 | 事例講演2:「商用車開発での未然防止活動におけるSSMの工夫」 浅野 巧日野自動車株式会社 開発品質管理部 開発品質管理グループ |
| 14:50~15:05 | 休憩 |
| 15:05~15:40 | 事例講演3:「空調機の設計部門におけるSSMを活用したトラブル未然防止活動の強化と 実務適用の推進」 井上 裕章三菱重工サーマルシステムズ株式会社 空調機技術部 技術管理課 技術支援チーム 主任 江口 剛三菱重工サーマルシステムズ株式会社 空調機技術部 技術管理課 技術支援チーム |
| 15:40~16:10 | 特別解説:「構造化知識マネジメントの導入方法と実践各社の最新動向」 長谷川 充株式会社構造化知識研究所 シニアコンサルタント |
| 16:10~16:50 | 総合討論: パネリスト:全講演者 コーディネータ:田村 泰彦 株式会社構造化知識研究所 代表取締役 |
| 16:50~17:00 | まとめ |
3. 講演要旨
〔事例講演1〕 「医用機器の設計開発におけるSSM活用による品質トラブル未然防止の取り組み」
笠井 貴之 氏((株)島津製作所 総合デザインセンター 設計推進ユニット 主任)
同社は、分析計測・医用・産業・航空機器など、4つの事業分野で設計・製造・販売を行っている。この4つの事業部で行っている製品不具合の未然防止活動のうち、医用機器事業部での取り組みと得られた成果について紹介された。
医用機器事業部では、設計ノウハウ共有と事故情報の管理・活用が十分でない課題があり、SSM活動を通して課題を克服していくことで、設計品質の維持と若手技術者のスキルアップ、製品安全性の向上にも繋がるため、2019年よりSSM活動を始めた。またSSMを活用した未然防止活動は2011年に分析計測事業部によって開始しており、その取り組みノウハウを活用していく方針で推進した。
医用機器事業部では、品質トラブルをゼロに近づけるための大きく2つのアプローチに分けて取り組んだ。1つ目のアプローチは、分析計測事業部の活動ノウハウ展開として2つの重点策を行った。重点策の1つ目は「不具合知識ベースの構築」であり、過去経験・知識をDB化し再発防止を徹底して属人性の排除を図り、また知識作成を教育・実践した。重点策の2つ目は「知識活用の標準化と未然防止」であり、不具合知識を2つの観点(設計検討・製品安全性検討)で活用するチェックリストを用意した上で、QMS文書に登録し、設計初期から知識活用・チェックリスト運用を標準化し、品質・安全性の作り込み・再発防止に繋げている。
2つ目のアプローチは医用独自の取り組みとして同じく2つの重点策を実施した。こちらの1つ目の重点策「品質機能展開とSSMの連携」で、品質機能展開の考え方を基盤として、そこに不具合知識を設計初期から織り込むようにすることで、顧客要求とリスク対策を同時に検討することができ、高信頼性の設計仕様を実現させている。また同アプローチの2つ目の重点策「事故シナリオ検索でリスク抽出・対策」では、5つの代表事故シナリオを定義し、知識にタグ付けすることで事故シナリオから知識検索ができるようにした。このような検索の仕掛けも用意することで安全リスクの芽を設計初期などで事前に摘み取ることができる。
取り組みの成果として、分析計測事業部のノウハウを基に、短期間で医用機器事業部のSSM活動を垂直立ち上げすることが実現し、分析計測事業部の約3倍のスピードで取り組みが進捗し、非常に効率的な展開をすることができた。また、知識蓄積とともに属人化の解消や、チェックリストの知識の見落としゼロ、工数50%削減など、それぞれの重点策から成果が出ていることを確認できた。
今後の活動として、類似知識の統廃合や知識の分り易さ向上の検討、検索キーの見直しで該当率向上を図り、知識ベースの質の改善を行っていく。また、生成AI活用の検討や医用機器事業部の作成知識を他事業部へ水平展開して全社で相互活用することができるよう、引き続きSSM活動を推進していく。
〔事例講演2〕 「商用車の開発におけるSSMを用いた不具合未然防止活動の工夫」
浅野 巧 氏(日野自動車(株) 開発品質管理部 開発品質管理グループ)
同社は、商用車の開発・製造を行っている。国内外の市場不具合等の技術情報を活用し、開発品質を向上させるために、SSMを用いた不具合未然防止活動を推進している。本講演では、その取り組みにおいて実施している工夫について紹介された。
同社では、過去の市場不具合情報を記録・蓄積していたものの、そのうちの多くがデータベースに登録されていなかった。その結果、設計者が過去の不具合情報を十分に活用できておらず、類似問題の再発が生じていた。この課題を解決し、設計者が担当外部品を含めた広い範囲の不具合情報を検索・点検し、気づきを得ることで、未然防止力を強化することを目的としてSSMを導入した。
現在、SSMの運用体制を構築し、事務局と各開発部署(設計、実験部署)が協力して、SSM活動を進めている。事務局担当者は、知識や検索ワード等のメンテナンスを行うSSM運用管理、新規知識の作成、各開発部署の設計者に対する指導やサポート等を行っている。
同社では、知識蓄積の手段として技術情報の深掘りの為に「故障解析シート」を導入した。この「故障解析シート」は、知識登録の前段階の資料として、設計者が不具合情報を整理し易いように項目を用意し、失敗から再発防止までを適切に記載し活用できるようにすることを目的としている。本シートは若手設計者がなるべく記載することを推奨しており、若手設計者の不具合情報解析、基準類改訂スキル向上に役立てている。
また、設計者は知識検索結果を「知識確認用シート」に出力して、不具合情報の点検を行っている。この「知識確認用シート」には、知識毎に対応方針などを記載する他、出力された各知識に対して、設計者が期待する検索結果として有効であったかを記載する「知識有効性判断」列を設けた。事務局では、この「知識有効性判断」の結果を分析して、設計者に対するフィードバックやSSM運用管理に役立てている。例えば、「知識有効性判断」で「対象外」と判断された知識には、他部品で発生した不具合が自部品でも発生するかどうか当てはめる点検を行う必要があることが伝わっておらず他部品だからという理由で対象外になっているものがあった。このような場合はきちんと不具合情報の点検の仕方について設計者にフィードバックを行った。また、異なる業務の知識にもかかわらず同じ検索キーワードが設定されていたことにより「対象外」と判断された知識が存在していたため、検索キーワードの見直しに役立てるなど、知識活用効果を向上させる取り組みを行っている。
その他、設計アイテム検索と事象検索からそれぞれ作成した「知識確認用シート」内に存在する重複知識をダブリ項目として表示し、設計者が不要な点検を行わない仕組みを整備するなどの工夫も行われている。
今後、複数の類似知識から有効性が高い知識に絞るAIの検討や、設計部署やSSM運用管理へのフィードバックを継続し、SSM知識を使用した不具合未然防止力をさらに強化していく。
〔事例講演3〕 「空調機の設計部門におけるSSMを活用したトラブル未然防止活動の強化と実務適用の推進」
井上 裕章 氏(三菱重工サーマルシステムズ(株) 空調機技術部 技術管理課 技術支援チーム 主任)
江口 剛 氏(三菱重工サーマルシステムズ(株) 空調機技術部 技術管理課 技術支援チーム)
同社は、空調機やヒートポンプ機などの冷熱製品、カーエアコンおよびその関連製品の設計・製造を行っている。本講演では、SSM活動を発展させるために取り組んできた業務標準の改訂、説明会を通じたユーザへの実務適用の促進、そしてAIを活用したSSM活動支援について紹介された。
同社では、2015年11月から空調機の設計及び試験部門においてSSM活動を開始後、さらに多くの設計部門が活用できるようにSSMの普及活動を推進してきた。しかし、不具合情報チェックリストがトラブル情報の横展開ツールとして既に定着済みであることや、新たな取り組みでは抜け漏れが発生するのではないかという懸念、社内においてFMEAよりも不具合情報チェックリストの方が予防・是正処置の評価レベルが高いことなどの理由から、なかなかFMEAが浸透しないという課題があった。そのため、不具合情報の網羅的なSSM 知識化、品証部門も交えた業務ルールの改正、SSMを用いたFMEA支援の有効性の説明など、ユーザへの実務適用を行うために必要な対応方針を整理し、改善に着手した。
その後、過去の不具合情報をSSM知識として網羅的に登録した。さらに、ユーザの職制に応じてSSM知識を活用したFMEA支援シートを出力できるように整備した。また、新たな業務ルールでは、SSM知識の活用を認知させるためのルール改訂や、SSMを用いたFMEA支援シートを出力することを定義するルール制定、SSM知識の管理運用のためのルール制定などを実施した。業務ルールの改訂・制定後、新たな業務ルールに基づいたSSMによるFMEA支援シートの活用方法などについて、設計部門および品証部門に対して説明会を実施した。説明会では、取り組みに対する前向きな意見の他、対策が必要な意見などもあり、今後の改善活動に役立ててゆく。
同社では、生成AIを活用したSSM活動支援にも取り組んでいる。生成AIを用いてSSM知識ドラフト作成を支援することにより、知識作成効率の向上を期待している。RAG(検索拡張生成)とLLM(大規模言語モデル)を組み合わせたシステム構成において、同社がこれまでに作成した1200件以上のSSM知識を登録し、SSM知識作成を依頼する指示文と、知識化対象事例の情報を入力情報として、生成AIと対話をしながらSSM知識ドラフトを作成する仕組みを構築している。この仕組みにより、知識化対象事例の具体的な内容で、人が作成する知識と遜色無いSSM知識ドラフトを出力できることを確認出来た。今後、一般化したSSM知識の作成や、知識作成支援ツールとしてのシステム化や運用方法を確立して実務運用を目指す。
今後の取り組みとして、既存のFMEAについてもSSM知識化を行い、SSM知識を用いた知見の共有およびFMEA作成の定着を図る。また、業界の動向に合わせたFMEA支援シートのブラッシュアップなど、SSM知識活用の利便性を向上し、トラブル未然防止活動を強化していく。
〔特別解説〕 「構造化知識マネジメントの導入方法と実践各社の最新動向」
長谷川 充 氏((株)構造化知識研究所 シニアコンサルタント)
SSMは、電機・電子部品、自動車・輸送用機器、精密機器、産業機械・プラント設備、住宅設備、医薬・医療機器、素材などの様々な業種で拡大している。技術分野では機構・電気・ソフトのほか、生産技術、メンテナンス、エンジニアリングなど幅広い領域で取り組みが進められている。
SSM活動の導入・定着のポイントとして、適切なチームの人選を行うこと、最初は業務部署や技術分野をある程度絞り、具体的な再発防止・未然防止の課題に対してトライアルを行うこと、トライアル結果が課題解決に繋がっているかを評価し、適宜改善すること、さらに未然防止の強化には、社内に限らず業界で公開されている情報・文献の利用を検討すること、継続的な知識運用を行うために、組織全体が連携した取り組みとすることなどが挙げられる。
SSM導入各社は、業務ニーズに応じて知識を活用するために様々な工夫を施している。
設計アイテムの変更点に対するリスク検討に限らず、環境条件や使用条件、ユーザの使い方などの変化点から影響を受けるアイテムと不具合を気づかせる仕組み、複数部門に関係のある知識に対してそれぞれの部門向けの教訓をしっかりと整理し、部署を横断した知識活用をする仕組みなどが挙げられる。また、知識構造化の観点を利用した原因分析ツリー図により、要因や再発防止策の抜け漏れを防ぎ、質の高い教訓を残す仕組み、知識を活用したトラブルシューティング支援、社内外の大量データから対象とする情報を適切に整理し、分析することで未知なる知見を得る仕組み、構造化知識とAIを組合せて知識運用を支援する仕組みなどSSMはトラブル初期対応から原因分析、知識の整理、未然防止・再発防止まで一連の活動において役立てることができる。
今後SSMの導入を検討される方々には、紹介された内容をぜひご活用頂きたい。
4. 総合討論
(株)構造化知識研究所代表取締役の田村泰彦氏がコーディネータを務め、講演者とシンポジウム参加者との間で総合討論が行われた。今回は寄せられた多くの質問に回答する形で進行し、知識管理や推進体制の工夫、サプライヤーとの知識共有、知識作成の精度向上策、AIを活用したSSM活動支援など実務に直結するテーマが議論された。

5. おわりに
今回のシンポジウムはライブ配信のみの開催となり、過去最多の質問がチャットで寄せられ、SSM活動への関心の高さが伺えた。特にAIを活用したSSM活動支援に関する質問もあり、技術革新への期待が感じられた。SSM知識の活用や共有、運用改善に関する具体的な取り組みが紹介され、未然防止や再発防止活動に取り組む方々にとって非常に参考となる内容であった。本シンポジウムが、SSMのさらなる発展と活用の一助となることを期待したい。
(文責:小林 計太)
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