第14回 知識構造化シンポジウム
知識の再利用性を高めるSSM 実践各社の様々な工夫
SSM (Stress-Strength Model)について詳しく知りたい方は、以下のWebサイトをご参照ください。
1. はじめに
第12回知識構造化シンポジウムが、2020年9月18日(金)に日本科学技術連盟・東高円寺ビル(東京・高円寺)にて開催された。
今回は新型コロナウイルス感染拡大防止のために、来場による参加の他、ライブ配信も同時に実施された。今年のシンポジウムでは、SSMの取組みを通じて、質の良い知識を社内に浸透させ、品質向上やノウハウ伝承に役立てているSSM実践各社の工夫や、海外トピックとして韓国における未然防止活動について講演や議論がなされた。
- 注)
- SSM(Stress Strength Model)とは、トラブルに関する経験やノウハウを活用しトラブル未然防止ができるように、知識を構造的に整理・表現する手法である。
2. プログラム
時間 | 内容/講演者(敬称略) |
---|---|
13:30~13:40 | オリエンテーション |
13:40~15:05 | 事例講演1:『SSMを活用したエンジンの設計不適合未然防止』 山本 昇平 (三菱重工エンジン&ターボチャージャ(株) 品質保証部 エンジン保証課 エンジン保証チーム) 事例講演2:『SSMによる設計知識データベース活用の全社展開』 古谷 元洋 (アズビル(株) バルブ商品開発部4グループ グループマネージャ) |
15:05~15:40 | 招待講演:『韓国企業におけるFMEAとSSMを活用した未然防止活動』 Jeong Kyung Hun (GDnP Solution Co., Ltd. CEO ) |
15:40~16:10 | 特別解説:『構造化知識マネジメント導入の進め方と最新動向』 長谷川 充 ((株)構造化知識研究所 シニアコンサルタント) |
16:10~16:50 | 総合討論:全講演者 コーディネータ:田村 泰彦( (株)構造化知識研究所 代表取締役) |
16:50~17:00 | まとめ |
3. 講演要旨
〔事例講演1〕SSMを活用したエンジンの設計不適合未然防止
山本 昇平氏(三菱重工エンジン&ターボチャージャ(株) 品質保証部エンジン保証課 エンジン保証チーム)
同社は、車輛搭載用、発電用、舶用といった様々な用途のレシプロエンジン
および発電装置、ターボチャージャの設計・製造を行っている。本講演では、SSMを活用したエンジンの設計不適合に対する未然防止活動の取り組みについて紹介された。
同社では、不適合の再発防止・未然防止活動として、設計時に過去不具合情報を検索し、検索結果を活用してデザインレビューなどで検討・確認を行う仕組みがあるが、検索性や情報内容に課題があり、過去不具合情報を十分に活用できていなかった。そのため、登録情報を見直し、設計検討時に質の高い知識を製品カテゴリーの枠を超えて活用できるようにするため、SSMを導入した。
導入当初、SSM知識づくりの体制と、知識検索の仕組みについて工夫を行った。SSM知識づくりは、推進リーダーを含む品質保証部門の2名がSSM知識化を行い、業務負荷の高い設計者や経験・知識の多いシニア社員が、作成された知識の確認、修正や教訓の補足を行う体制とした。このように組織的に連携することで、活動スピードと知識の質を確保したSSM知識づくりの体制を構築した。一方、知識検索の仕組みは、設計変更時に装置区分の検索入口から構成部品や設計対象部位を選択できるようにした。また、SSM知識化の過程で他装置でも参考になる知識は積極的に一般化を行い、装置区分の検索入口から共通部品や材料等も選択できるようにした。これにより、製品カテゴリーの枠を超えて知識活用可能な検索の仕組みを構築した。
さらに、SSM知識の情報源である不具合情報の質を向上させるため、不具合情報の記述フォーマットを刷新した。新しいフォーマットでは、SSMの観点に基づいて事象や設計要因を分解し、ブロック図で表記することで、事象と要因の流れがわかるようにしている。また使用環境、対策内容、設計上の留意点やその他様々な項目を分けて工夫して記載できるようにすることで、不具合内容を整理する段階から質の高い情報を社内に蓄積できるようにした。
同社では、持続的なSSM活動の推進のために、管理層に対してSSM講習会を実施し、活動に対する協力要請を行うほか、製造部や品証部の担当者へは現場作業に対してSSM知識を適用した改善案などの紹介を行いSSM利用者の拡大を行っている。また、若手メンバーとの知識添削会を通してSSM知識化メンバーを増員するなど、SSMの理解向上と知識蓄積の活性化を進めている。
今後は知識活用を進める中で、SSM知識の修正、更新を積み重ね、質の高い知識にしていく。また、サプライヤ起因で発生した不適合の設計へのフィードバックや、社内製造工程で発生した不適合への展開など、新たな適用分野でのSSM知識活用を通し、さらなる再発防止・未然防止活動の強化を進めていく。
〔事例講演2〕SSMmasterTM(設計知識データベース)の全社展開
古谷 元洋氏(アズビル(株) バルブ商品開発部4グループ グループマネージャ)
同社は、ビル空調用バルブの開発部署にSSMを導入後、SSMを全社展開し、建物、工場の生産ライン、プラントなどの市場向けの様々な技術開発、製品開発を行う各部署において、SSM知識を共有・活用している。本講演では、SSMを全社展開する際の工夫の紹介と、同社でのSSM活用事例について紹介された。
同社では全社でSSM知識を共有するために以下のような工夫を行っている。まず、知識を一般化する際の定義属性語句を標準化した。機能表現や技術要素の抽象化表現を用いて定義属性語句を一覧表で管理することで、各部署で使用されている様々な技術用語のゆれを吸収している。さらに、各部署で別々に管理されている過去トラブル情報を全社共通のフォーマットに整理し、SSM知識の一般性を吟味する際に活用している。これにより、他部署が作成したSSM知識を理解しやすくなり、全社での知識の共有および活用を支援している。また、この全社共通のフォーマットに整理した情報はSSM知識の関連情報として、参照できる環境を整えている。これにより、元データの機密性を確保しながら、全社ユーザが各知識の詳細メカニズムを理解できるよう支援している。
SSMの全社展開を推進するために、設計知識データベースの活用促進や品質維持・向上に関する取り組みや、知識作成者の育成に向けた取り組みを実施している。まず、ユーザが簡単にアクセスできる環境にポータルサイトを設置し、SSMに関する概要説明、設計知識データベースの活用ガイドラインなど各種情報を提供している。また知識作成者に向けた知識登録業務ルール、知識作成ガイドライン、一般定義属性一覧運用ルールなどを整備している。さらに知識についての疑問や意見を、設計知識データベースから簡単に連絡できる仕組みを構築し、データベースの品質維持を行っている。その他、ユーザ教育の定期開催も行っている。
本講演では、工業用バルブの個別受注製品における設計仕様レビューでの知識活用と、工程FMEAでの知識活用についても紹介された。同社では、工業用バルブの個別受注製品に関して過去トラブル情報などからSSM知識を整理し、個別受注製品の見積もり段階における設計仕様に基づくレビューにてSSM知識を活用し、レビューの質を高めている。このような取組みにより、見積もりの段階で問題の早期抽出を行うことができ、設計起因のクレーム費用を大幅に抑え込んでおり、大きな成果を得ている。
今後も、定期的なユーザアンケートをもとに、SSM知識の拡充や一般定義属性語句の理解度、検索性改善など、設計知識データベースのさらなる改善を図り、全社でのSSM知識の共有による再発防止、未然防止活動を推進していく。
〔招待講演〕韓国企業におけるFMEAとSSMを活用した未然防止活動
Jeong Kyung Hun氏(GDnP Solution Co., Ltd. CEO)
本講演では、東京大学大学院工学系研究科で博士号を取得後、品質マネジメントのコンサルタントとして韓国で活躍されているJeong Kyung Hun博士より、韓国企業におけるFMEA実施の動向や、自動車、自動車部品、家電製品メーカー3社におけるFMEA支援のためのSSM導入事例について紹介された。
韓国企業においても、設計開発の早期段階からトラブルの再発防止や未然防止のための有効なツールとしてFMEAが幅広く活用されている。さらに最近の動向として、自動車業界を中心に、2019年にアメリカのAIAGとヨーロッパのVDAが共同で発行したAIAG & VDA FMEAハンドブックをベースにFMEAを行う動きも見られている。
FMEA実施にあたっては、いくつかの問題点が挙げられる。まず、FMEAは実施者個人の知識や経験、主観的な見解をベースに実施していることが多いが、このような実施方法では、FMEA実施結果のバラツキが大きくなる。その結果、検討すべき故障モードの漏れや、故障メカニズムの要因の抜け落ち等の不備が生じることがある。またFMEAを適切に実施しようとすると多くの時間・工数が必要となる場合もある。さらにFMEA実施時のFMEAワークシートはしばしばExcelファイルで作成されるが、このExcelファイルが実施者個人PCや組織共有フォルダに保管されたままでは、FMEA分析結果の知識を組織で蓄積・共有することが難しくなり、類似アイテムのFMEA実施時に知識の再利用が困難となる。これらのFMEA実施における問題点に対して、SSM手法を用いたFMEA支援が有効であり、韓国企業においてSSMの導入が進んでいる。
韓国企業のSSM導入事例として、家電製品メーカー、自動車部品メーカー、自動車メーカーでの事例を取り上げた。各企業では、「不具合に関する情報や知識を運用する管理システムが十分でなく、共有できていない」ことや、「過去の不具合情報を上手く再利用できず、類似の問題が再発する」といった課題が挙げられ、そのような課題を解決するためにSSMを導入している。各社ともに不具合に関する情報や知識からのSSM知識化の方法を工夫し、また業務に知識を活用するための仕組みを具体的に構築することによって、各社の未然防止業務の品質向上につなげている。
〔特別解説〕構造化知識マネジメント導入の進め方と最新動向
長谷川 充氏((株)構造化知識研究所 シニアコンサルタント)
SSMは、電機・電子部品、自動車・輸送用機器、精密機器、産業機械・プラント設備、住宅設備、素材等々、様々な分野で導入されている。技術分野では機構・電気のほか、ソフトウエア、生産技術、メンテナンスなどの領域でも取組みが進められている。
SSM活動を導入し、定着させるためのポイントとして、適切なチームの人選を行うこと、業務部署や技術分野をある程度絞って現行業務課題をふまえた知識活用・運用トライアルを行うこと、トライアル結果が課題解決につながっているか確認し改善を進めること、導入目的や利用方法の社内説明をしっかり実施すること、継続的な知識運用のための知識管理体制を構築すること、現場担当者へのヒアリングによる知識活用の仕組みを改善することなどが挙げられる。
SSM 導入各社は、業務ニーズに応じて知識運用のための様々な工夫を施している。設計変更を行う設計アイテムにおけるリスク検討に限らず、製品の使用条件・環境の変化点から影響を受けるアイテムと不具合の気づき、あるアイテムで不具合事象が発生した時に考えられる不具合発生メカニズムを提供する仕組みなど、様々な知識検索の仕掛けを施している。またトラブル発生時のトラブルシューティングを支援する仕組み、トラブルレポート作成やトラブル原因分析時のコンテンツ整理を支援する仕組み、業務に再利用可能な教訓整理を支援する仕組み、SSM知識化を支援し教訓を業務に活用する仕組みなど、SSMはトラブル対応から原因分析、知識蓄積そして未然防止・再発防止の徹底まで広くサポートできるように発展を続けている。
今後SSM導入を検討される方々には、紹介された内容をぜひご活用して頂きたい。
4. 総合討論
(株)構造化知識研究所代表取締役の田村泰彦氏がコーディネータとなり、講演者とシンポジウム参加者との間で総合討論が行われた。講演各社の SSM 導入や継続的な知識運用のための工夫、SSM活動を推進するメンバーの選定方法など、終了時間まで盛んな議論が行われた。
5. おわりに
今回のシンポジウムは来場とライブ配信の同時開催となったが、ライブ配信の参加者から事前に多くの質問がチャットで寄せられ、SSM への関心の高さが伺えた。またライブ配信においては音声や映像の配信に特に問題が生じることなく、円滑にプログラムが進行した。
今回の講演では、SSMの導入から継続的な運用、さらに全社での知識活用の為の様々な工夫や取組みが紹介された。未然防止、再発防止活動で苦労されている方々や、SSMを導入検討されている方々、SSM の継続的運用、他部門への展開を検討している方々にとって、本シンポジウムはとても参考になったであろう。
(文責:中西 淳介)
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