第16回 知識構造化シンポジウム
~全社的な知識運用による品質と安全への取り組み~
日時:2024年9月20日(金) 13:30~17:00
【ライブ配信開催】
『全社的な知識運用による品質と安全への取り組み』
SSM (Stress-Strength Model)について詳しく知りたい方は、以下のWebサイトをご参照ください。
1. はじめに
第16回知識構造化シンポジウムが、2024 年 9 月 20 日(金)に日本科学技術連盟・東高円寺ビルにてライブ配信で開催された。今年のシンポジウムでは、SSM知識を運用して製品不具合や労働災害を防ぐための全社的な活動を取り上げた。具体的には、様々な業務シーンでの知識活用の取り組み、海外事業所における知識作成・活用の取り組み、SSM知識を継続的に蓄積するための様々な工夫について講演や議論が行われた。
2. プログラム
時間 | 内容/講演者(敬称略) |
---|---|
13:30~13:40 | オリエンテーション |
13:40~14:15 | 事例講演1:「包装容器の開発・製造におけるSSM知識を活用した品質不具合未然防止活動」 古田 修一大和製罐株式会社 取締役 勝谷 貴洋大和製罐株式会社 品質保証第1部 品質保証第1課 課長 |
14:15~14:50 | 事例講演2:「SSMを活用した労働災害防止の取組み」 村中 義章栗田工業株式会社 グループ生産本部 フィールドエンジニアリング部門 安全推進部 |
14:50~15:05 | 休憩 |
15:05~15:40 | 事例講演3:「SSMを活用した全社的なトラブル知識基盤構築とその展開について」 多田 圭人日本精工株式会社 デジタル変革本部 エンジニアリングチェーン変革プロジェクトチーム 副主務 |
15:40~16:10 | 特別解説:「SSM導入・定着のポイントと知識活用の最新動向」 長谷川 充株式会社構造化知識研究所 シニアコンサルタント |
16:10~16:50 | 総合討論: パネリスト:全講演者 コーディネータ:田村 泰彦 株式会社構造化知識研究所 代表取締役 |
16:50~17:00 | まとめ |
3. 講演要旨
〔事例講演1〕 「包装容器の開発・製造におけるSSM知識を活用した品質不具合未然防止活動」
古田 修一 氏(大和製罐(株) 取締役)
勝谷 貴洋 氏(大和製罐(株) 品質保証第1部 品質保証第1課 課長)
同社は、飲料・食品・化粧品等の分野でアルミ缶をはじめとする金属容器や樹脂容器など各種包装容器の開発・製造・販売を行っている。また、介護食や医療用器具、蓄電池関連、軟包装容器といった新規事業にも取り組まれている。本講演では、同社製品の開発や製造におけるSSM知識を活用した品質不具合未然防止活動の取り組みについて紹介された。
同社では、重大トラブルの発生0と未然防止の風土と仕組みを構築することを品質目標とする中で、不具合情報の一元化ができていないため業務の中で活用しにくいという課題があった。そのため、不具合情報からSSM知識の作成を行い、十分に原因が深堀りされていない部分、技術的な再発防止策を充実させるとともに、SSM知識を用いて不具合情報の一元管理と業務活用する仕組みを構築し、品質不具合未然防止活動を強化することを目的にSSMを導入することにした。
2022年度から品質保証部門でトライアルを開始し、SSM知識を作成してSSMの観点で不具合メカニズムの理解を深めた。その後、工場などの生産部門と設計開発を行う技術部門から、社内で発生したトラブル事例や不具合事例を提供してもらい、品質保証部門がSSM知識の作成や登録、各種辞書の更新といった管理を行い、SSM活動を推進した。品質保証部門が作成したSSM知識はそのままデータベースに登録するのではなく、事例の提供者である生産部門や技術部門に知識内容の確認をしてもらうようにし、事例からSSM知識の作成、そして知識の登録といった流れを確立した。また、社内で発生したトラブル・不具合情報を提供してもらうための入力フォームを作成し、設計や製造に役立つ情報を収集する仕組みを用意した。入力フォームには、不具合内容、原因、対策、教訓といったSSM知識に必要となる項目欄を設けるようにし、SSM知識の作成が行いやすいように工夫した。
蓄積した知識を検索しやすくするために、検索入口は主な取り扱い商品ごとに用意し、その商品に関わる設計アイテムや製造工程に関する語句を並べて選択できるようにした。また、不具合事象から知識検索を行う検索入口も用意し、知識活用することで重大トラブル防止に役立つようにした。それぞれの検索入口から検索した知識は、チェックリストに出力して業務で活用できるようにしている。
チェックリスト出力結果を利用して各知識を評価したところ、出力した知識の約1/4が新たな気づきになったという結果が得られ、本取り組みへの効果を実感することができた。
今後は、知識分野の拡大や利用者の拡大を図っていき、品質改善だけでなく、属人化からの脱却、人材流動性の向上に繋がる活動にも取り組んでいく。
〔事例講演2〕 「SSMを活用した労働災害防止の取組み」
村中 義章 氏(栗田工業(株) グループ生産本部 フィールドエンジニアリング部門 安全推進部 )
同社は、半導体に使用する超純水などの製造装置(水処理装置)を中心とした装置の設計・製造・施工を行っている。本講演では、SSMにより知識の分節化・一般化・関係整理を行って知識の再利用性を高め、その知識を活用することで類似トラブルの再発を防ぐことができる点に着目し、エンジニアリング業界初の試みとして安全管理へのSSM導入の取り組みに関して紹介された。
同社では、労働災害防止のための活動を進めているが状況は好転していると言えず、特に過去に発生した災害の再発が全体の半数以上を占めており、過去災害が繰り返し発生している状況であった。
2022年7月より「Kurita - Safety Approach Tool」(以下、K-SAT)と題したSSMの考え方を導入した安全管理の仕組みを構築し、事例のままでは災害防止に活用しづらい内容をSSM知識にすることで工事・製造計画の立案やリスクアセスメントの活用を進めてきた。
SSMの知識化では災害事例から傷病発生の因果連鎖を分節化し、危険源発生や不安全行動など知識化すべき部分を決め、知識の要因整理、一般化を行い、類似の災害を防ぐための1000件以上の知識を登録している。また、災害から学ぶことの対策をマスター対策DBとして登録し、知識の内容だけでなく、対策の内容も一般化している。対策内容を一般化することで別の事例に対しても、標準化された対策方法を現場の利用者に届けることを可能としている。
K-SATによる労働安全活動は安全推進部、各セグメントの安全推進委員会(工事部門、製造部門、国内薬品・メンテ部門、水供給部門)やグループ会社からなる体制で進めている。基本となる知識の検索方法は、セグメントごとに用意された構成作業から選択し、より詳細な単位作業における作業内容と危険源を選択して知識の検索を可能としている。その他にも作業内容からの検索、災害の型別での検索、危険源別での検索など、目的に特化した検索にも対応している。
同社では、リスクアセスメントへの反映、協力会社への指示や新規入場者教育への活用、KYへの展開や朝礼での一言・作業指示での活用を想定してチェックリストを用意し、実際にK-SATを活用したことでリスクアセスメントに追加できた項目も事例としてある。また、スマホ版のK-SAT mobileを構築し、PCの利用ができない現場に対してもK-SATの活用ができる環境を準備し、現場の作業に必要な対策を確認できるようにしている。
この結果、K-SATの取り組みを通じて労働災害再発率を大幅に削減させることに成功した。
今後は、リスクアセスメントシートの自動生成機能の開発、再発防止の軽減に向けた取り組みを継続していくことに併せて,広く労働災害の未然防止のための様々な活動を展開していく。
〔事例講演3〕 「SSMを活用した全社的なトラブル知識基盤構築とその展開について」
多田 圭人 氏(日本精工(株) デジタル変革本部 エンジニアリングチェーン変革プロジェクトチーム 副主務)
同社では、ベアリングを主とする部品メーカーとして設計・製造・販売を行っており、産業機械事業、自動車事業等、幅広い産業のお客様に製品を提供している。本講演では、同社で構築しているSSMを活用したグローバルでのトラブル知識基盤について紹介された。
同社は納入品質問題・不良数の削減を目標に取り組んでおり、さらなる低減を目指すために、多くの製品で経験した貴重な教訓情報を再利用しやすい状態で素早く共有できる仕組みが必要であること、海外での貴重な教訓情報を正しく翻訳してグローバルで活用できる仕組みが必要であること、顧客の高度化・多様化する要求に応えるために新たな領域の情報や未経験エリアの技術情報を取得できる仕組みが必要であること等を課題としていた。これらの課題に対して、SSM知識を活用したグローバルでのトラブル知識基盤構築が有効であると考えてSSMの導入に至った。
SSM の導入は、トライアルを経て品質保証本部と技術部の共同でSSM手法を選定した後、品質に関する中期方針にSSM活動を明記した。これにより、グローバルに方針展開することを社内に示し、SSM活動を推進していくことができた。また、SSM推進体制としてはSSM活動における事務局を作り、品質保証本部の担当者に加え、過去の教訓知識を一気にSSM化するために4名の知識作成人員を採用した。その結果、短期間で過去の品質問題を集めたデータベースの情報をSSM化することができた。
SSM化した教訓は、製品名、部品名、工程名、製品が搭載されるアプリケーション名等から検索ができるようにして、設計部門、工場・物流部門、営業部門など社内の多くの業務シーンでSSM知識として再利用できるようにした。SSM知識と辞書情報は順次英訳を行い、さらに知識の作り方や使い方について海外教育を実施して、グローバルでSSM知識の蓄積と活用をできるようにした。また、SSMの知識作成は、同社の持つ情報だけでなく、リコール情報等の社外で公開されている情報をSSM化して、知識活用時に同社が経験していない新たな領域や未経験エリアの技術情報を取得できるようにした。
その他、SSMの推進活動として、SSM専用のサポートサイトを設けて社員がSSMの概要、知識作成方法、知識活用方法などが確認できるページの作成、社員が作成したSSM知識を事務局へ提出できる仕組みを構築している。提出されたSSM知識は自動的に台帳管理され、ワークフローに沿ってSSM知識としてスムーズに登録する仕組みを構築している。
今後は、知識作成・活用に認定制度を設けて、知識精度の確保、正しく知識活用ができる人材を増やしていく。また、より多くの方に利用いただくために知識検索システムのモバイル版の作成、知識の整理・更なる拡充をしていき、SSM知識を活用した品質向上へ向けて引き続き活動していく。
〔特別解説〕 「SSM導入・定着のポイントと知識活用の最新動向」
長谷川 充 氏((株)構造化知識研究所 シニアコンサルタント)
SSMは、電機・電子部品、自動車・輸送用機器、精密機器、産業機械・プラント設備、エンジニアリング、住宅設備、医薬・医療機器、素材などの様々な業種で拡大している。業務分野では機構・電気・ソフトの設計、品質保証、生産技術、メンテナンスなど幅広い領域で取り組みが進められている。
SSM活動の導入・定着のポイントとして、適切なチームの人選を行うこと、最初は業務部署や技術分野をある程度絞り、具体的な再発防止・未然防止の課題に対してトライアルを行うこと、トライアル結果が課題解決に繋がっているかを評価し、適宜改善すること、さらに未然防止の強化には、社内に限らず業界で公開されている情報・文献の利用を検討すること、継続的な知識運用を行うために、組織全体が連携した取り組みとすることなどが挙げられる。
SSM導入各社は、業務ニーズに応じて知識を活用するために様々な工夫を施している。
設計アイテムの変更点に対するリスク検討に限らず、環境条件や使用条件、ユーザの使い方などの変化点から影響を受けるアイテムと不具合を気づかせる仕組み、複数部門に関係のある知識に対してそれぞれの部門向けの教訓をしっかりと整理し、部署を横断した知識活用をする仕組みなどが挙げられる。また、知識構造化の観点を利用した原因分析ツリー図により、要因や再発防止策の抜け漏れを防ぎ、質の高い教訓を残す仕組み、知識を活用したトラブルシューティング支援、社内外の大量データから対象とする情報を適切に整理し、分析することで未知なる知見を得る仕組みなど、SSMはトラブル初期対応から原因分析、知識の整理、未然防止・再発防止まで一連の活動において役立てることができる。
今後SSMの導入を検討される方々には、紹介された内容をぜひご活用頂きたい。
4. 総合討論
(株)構造化知識研究所代表取締役の田村泰彦氏がコーディネータとなり、講演者とシンポジウム参加者との間で総合討論が行われた。SSMを全社展開するための講演各社の取り組みや知識作成活動を推進するための施策やサポート方法、SSM知識を誰が見てもわかりやすくするための工夫などについて、終了時間まで盛んな議論が行われた。
5. おわりに
今回のシンポジウムはライブ配信での開催であったが、ライブ配信の参加者から非常に多くの質問がチャットで寄せられ、SSM活動への関心の高さが伺えた。今回の講演では、製品不具合や労働災害の防止、全社的な知識運用に関する様々な工夫や取り組みが紹介された。未然防止、再発防止活動で苦労されている方々や、SSM の導入、今後の発展を検討している方々にとって、本シンポジウムはとても参考になったであろう。
(文責:小林 計太)
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