18.「ベーシック・コースの思い出」<2016年09月29日>
名古屋大学 名誉教授 清水 祥一(6BC・O修了)
はじめに:
BCNewsへの執筆依頼を受けました。BCで教わり、BCで教えつつ教わった私としては、BCへのささやかな御恩返しになれば幸と思い、年寄りの昔語りをさせて頂きます。
1.私のBCとのかかわり
私のBCとのかかわりは,昭和27年12月から28年5月に開催された第6回品質管理セミナーベーシックコース大阪クラス(以下6BCO)の書記を京大の同級生である栗原脩君と2人で務めたことに始まります。
大阪での開催は2回目で、5BCOの書記は近藤良夫、小島次雄の両名でした。当時は、テキストも大部分がガリ版刷りで整備途上にあったので、講義の要点とともに、テキストの追記や正誤表などを月報に収録する役割を受け持つのが書記でした。
講義ごとに主担当を決めましたが、聞き漏らしたり、分からなかったところは、後で副担当や受講者に教えてもらって何とか纏めました。月曜日か火曜日から5日間、9時から12時、13時から16時まで講義と演習があり、ほかに班別研究会が週に3日間16時10分から19時まで行われ20時を過ぎることもしばしばでした。
その日のうちに記録の整理をすると決心しましたが、京都の自宅との往復にも時間がかかり、博士学位論文の執筆と重なり、睡眠時間を極度に切り詰めました。よく身体が持ったものと思います。希望に燃えていたことによるのでしょう。受講者も品質管理を一緒に勉強している仲間であるという考え方であったため、受講者とは呼ばず、研究員と称していました。
18社からの55名が参加され53名が修了されました。講師も書記も研究員も皆、年齢に拘らず、日本の産業発展に、品質管理の実践に、貢献したいという熱意を持って研究し、活気に満ちていました。
終戦直後に京大の先輩から「工学部の学生なら、この方面の勉強をしておけば、将来きっときっと役立つよ」と2冊の本を貸して頂きました。それが統計学、品質管理の本でした。これを読んだのがSQCに関係するきっかけとなりましたが、これについては、
文献『私が伝えたいTQMのDNAー秘話10題ー』
:品質、Vol.36,No.4, p.378~381(2006)
文献『人間性尊重を基盤においた品質管理の実現をめざして』
:クオリテイマネジメント、VOL.57, NO.12, p.50~51(2006)
を参照してください。
2.企業での実践的勉強
「品質管理は、知識を貯えただけでは意味がない。その知識を活用し、実践して、成果を上げて始めて価値がある」
とは、石川馨先生がいつも言われた言葉です。私は、7BCOから講師として、統計的方法演習を分担し、また班別研究会では研究員2名を担当しましたが、毎月の研究過程報告書を読んだだけでは、実態がわからないことが多く、研究員にお願いして現場を訪問し、実態の把握に努めました。これによって課題解決が順調に進み、研究員側にも喜んで頂きました。
この頃、京大の先輩である西堀栄三郎先生のお供をして、企業における品質管理の現場指導にも加わるようになったことが、実力の向上に大変役立ちました。品質管理は机上の勉強だけでは駄目であることを強く訴えたいと思います。
80歳を過ぎた現在でも、要請があれば、企業の品質管理推進のお手伝いをしています。製造業の場合には必ず製造現場へ行きます。サービス業や販売業の場合でもサービスの現場、販売の現場を見に行きます。現場から遊離した品質管理はあり得ません。
3.講義には工夫を
BCの修了者の中には、社内で行なわれる品質管理教育に携われる方が多いと伺っています。私は、どのような教育においても、既存の知識を伝達するだけでなく、新しい知識を創造する能力の自主開発に協力することが重要であると言い続けてきました。
これは、生易しいことではありません。講義に際しても創意工夫が大切です。何といっても興味を持ってもらうことが第一です。テキストの棒読みでは、興味など湧くはずがありません。
私は、大学でも、講義時間の1/2ないし1/3は講義以外の討論や演習などに当てるように努めました。自分で考える習慣をつけるために宿題も出しました。試験の時も、前半は、最小限必要な専門知識の理解力や記憶力がついているかどうかを知る問題に解答してもら い、後半は、それらの知識の応用力を知るためにノートや参考書などを見てもよいことにしました。学生達にとっては楽そうに思えるが厳しいようでした。
BCの講義でも質疑応答に相当の時間を割きました。手が挙がらなければ、こちらから指名しました。講義にどのような工夫をしたかについては、書き切れませんが、その例として、“Q(R,S)”“(PQ)
2 C”,“S3QC”のような記号を作ったことの紹介をします。
アルファベットの順にQ、R、Sと書き、RとSとを( )内に入れて、Q(R,S)としたのは、QualityにはReliability (信頼性)とSafety(安全性)とを含めて考える必要があることを忘れないようにして欲しいと強調したかったからです。当時、信頼性工学や安全性管理が重視され始めたあまり、品質管理は古くさいと言った主張があらわれたので、このような記号を考えたのです。
(PQ)2 Cは、Products Quality とProcess Qualityとを対にして管理することの必要性を強調するためでした。「結果良ければ、すべて良し」、「目的のためには手段を選ばず」、「勝てば官軍」といった結果主義が横行していたので、「良い手段を実施して良い結果を生み出すこと」の大切さを訴えたのです。「結果が大切であるが、プロセスも重要」ということは肝に銘じて欲しいと思います。
S3QCは、Statistical Quality Control, Systematic Quality Control,Social Quality Controlという3つのSQCを同時的に行なう必要を唱えたのです。Systematic Quality Controlは、総合的品質管理と類似の考え方で、品質管理は、個別ではなく、システムに則って組織として調和した活動が大切であることを表現したものです。特に品質保証システムは、顧客に品質を保証するという観点で、企画・開発からアフター・サービスに到る流れに関係する部門や関連企業を含めたシステムの構築・運営が重要であると強調しました。Social Quality Controlは、後にSociety-minded Quality Controlと言い換えましたが、社会への影響を考慮に入れた社会的次元の品質管理を意味しています。今日では、環境問題を無視した企業活動は存在できないことが理解されてきましたが、これを唱えた1960年ころには、見逃され、聞き流されていました。
文献『地球規模の環境問題と品質管理の役割』:
:品質, Vol.21, No.3,p.238~244(1991)を参照してください。
4.Qualityの二元性と多元性
6BCOでは、Quality ControlにおけるQualityは品質と訳され、製品を対象とすると教えられました。しかし、私は疑問を抱き、「製品の品質を管理するのではなく、良いQualityの品物を作るために、製造工程をControlするのではありませんか?」と質問しました。
「その通りであるが、Qualityの対象は製品である」との答えで、分かったような分からないような気持ちになり、Qualityについて研究してみようと思い立ちました。そして、Quality はProductsのみを対象にするのではなく、サービス、工程、過程、仕事、人、組織、企業、経営などあらゆる対象に用いることができるという結論に達したのです。
これをQualityの多元性と称し、
文献『品質に関する種々の考え方』
:品質、Vol.14,No.2,p.117~121(1984)
に纏めました。
後日、ISO 8402の定義では、Entity という語が用いられていますが、この語は「あらゆるもの」と訳するのが適当であると考えています。二元性というのは、「オモテのQualityとウラのQuality」,「ハードのQとソフトのQ」、「有形のQと無形のQ」といった対語で表されるように、Qualityにおいても一面的な見方に陥らないように訴えたのです。
5.ControlとManagement
6BCOで「Controlは、通常、統制とか制御と訳されているが、Quality Controlの場合には管理と訳すことにした。それはPDCAのサイクルを廻すことである」と教えられました。これには納得しました。
しかし、最終月に「PDCAのサイクルを廻すことであれば、ControlよりもManagementのほうが適当と思いますが、」と発言しましたところ、「Managementという語は、経営と訳されており、管理に用いられた例はないと思う」と説明を受けました。
その後、日本の品質管理は、SQCからCWQC (TQC)へ、さらにTQMへと略称を変えてきています。もちろん、名称だけでなく、その内容も大きく変化してきています。
私が言い続けてきた「基本を忘れず、変化に適応しよう」であって欲しいと思っています。
「品質管理の基本は、安定維持にあるが、維持だけで進歩・発展がなければ相対的に退歩・沈滞になるので、改善、改革、開発、創造などの活動も忘れてはならない。しかし、Controlという言葉は、やはり維持というイメージが強いので、改善などまで含めるためにはManagementのほうが適切であり、日本の品質管理は品質 経営と改称すべきである」
と日科技連の品質管理委員会で提案しましたが、BCを始め数コースの幹事長からSQCをSQMに変えるのはおかしいとの反対意見があり、決定は持ち越しになりました。しかし、1995年に開催された第60回「品質管理シンポジウム」で主担当を務めた時、テーマを『21世紀を目指すTQM』とした。以来、日科技連では、TQCをTQMに変えられました。
おわりに:まだまだ書きたいことがありますが、予定ページを過ぎており、別の機会に譲ります。BC万歳といえる日が復活することを願っています。いつものように「創造の喜びを持ち続けよう」という言葉を送り、皆様の御活躍・御多幸を祈ります。