
10.「食の安全もTQM」<2016年09月28日>

米虫 節夫
はじめに
40年以上前,BCコースが同時に4コース行われたことがある.僕はその時、27BC-Dコースの書記として,品質管理と統計的方法を学んだ.学んだ統計的方法を駆使して実験を行いデータを整理して,微生物の殺菌に関する研究で工学博士の学位を取得した.以後,BCやDE(実験計画法)コースの講師として,統計的方法を講義したり,企業の品質管理の指導などをしてきた.
食品の安全が大きな問題となり久しい.10数年前から,食の安全に関わるようになったが,BCで学んだお陰で品質管理と統計的方法がわかるので,食品工場などの現場の指導に入っても,大きな問題もなく色々の仕事をさせてもらっている.しかし,時として,奇異に感じる動きや人に会うことがある.
1.今,消費者が食品に望むもの
消費者が食品に望むものは,
①おいしさ,②品質,③安全・安心,④価格,⑤便利さ,
など色々あるが,その重要性・関心度は個々人により異なる.
一般的な商品では,
①買った商品が,期待通りの「働き」をする,
②買った商品に「当たりはずれ」がない,
③長持ちする,
④万一壊れたときの「アフターサービス」がよい,
などの品質が要求されるが食品でも同じである.
J.F.ケネディーは「消費者の利益保護に関する特別教書」(1962.03.28)において,消費者は,
①安全であることの権利,②知らされる権利,③選択する権利,④意見が聞き届けられる権利,
の4つの権利が保証されるべきだといった.
昨今の食品不祥事を見るとき,この4つの権利は,今こそ必要なものではないだろうか.ケネディーは,消費者の利益保護の権利の第一番目に「安全」を挙げた.最近は「安全・安心」と2つの語を並べることが多いが,安全と安心は異なるものである.「安全」とは検証に基づく客観的な評価であり,食品本来の作用以外に,健康に有害なあるいは不都合な作用を及ぼさないことである.一方「安心」とは,個々人が感じる主観的評価であり,安全を実現していくプロセス・努力に対する信頼である.ゆえに,「安心」 = 「安全」+「信頼」と表示することができる.安全と安心は,消費者の希望であるが,たとえ正しいことを発表しても「信頼」を得られなければ安心とはならないことを確認すべきである.
2.Big 3の功績
米国自動車産業の要であるBig 3が病んでいる.サブプライム・ローンに端を発した世界的金融危機と不況の中,新車の買い替え延期などによる販売台数の激減の結果,急速に業績が悪化し,国からの救済無しには立ち直れない状況になっている.数年前までの好景気が,ウソのようである.
20世紀は石油で走る自動車の時代であった.1913年Big 3の一つであるフォードは,チャップリンの「モダンタイム」で有名になった大量生産システムであるベルトコンベヤー方式による生産を開始する.素人に近い労働者に的確な作業をさせるためには,一連の作業を単位作業に分解し,誰が何をどうするかを記述した作業手順書が必要となる.標準作業手順書SOPは,そのために作られた.ベルトコンベヤー方式で作業をしている米国企業に行くと,このSOPがずらりと棚に並んでいる.マニュアルの原点である.
ベルトコンベヤー方式により出来上がってくる製品が,規格通りに出来ているかの判断は,1930年代にシューハートにより開発された「管理図」を用いて行う.管理図により,工程が安定かどうか,異常がないかどうかの判断が出来る.安定な管理状態の工程を維持していても,特性値はある確率分布を持ってばらつく.管理図は,その様なばらつきを基本にして,工程が安定しているかどうかを判断する道具である.
安定な管理状態の工程からは原則として良品が製造され,不良品は少ししか出来てこない.それを確認する方法として,抜取検査法が考案された.そのため抜取検査では,検査法の設計時に,不良率が低いにもかかわらず「不合格」となる生産者危険と,不良率が高いにもかかわらず「合格」となる消費者危険とを決めている.ゆえに,抜取検査は,検査したそのロットの合否を判断するものではあるが,いつも合格するためには,そのロットが生産された工程が安定な管理状態であることが必要であり,そのための努力をさせるためのものともいえる.
この考え方は,第二次世界大戦中,戦時規格として米国を始め連合国で広く用いられた.良品を大量調達するための方法論であり,品質管理を広める役割が大きかった.この方法論はその後のISO9001の基本的な考えになってくる.日本は戦後,統計的品質管理(SQC)として上記の管理図と抜取検査を学び,BCなどを通じて普及させた.しかし,最近はこのような歴史を理解していない人によく出会う.
3.食品安全の中心課題
食品の安全性に不安を与える事件が引きも切らず起こっている.食品安全の中心は,食品衛生であり,食中毒起因菌などの微生物制御であった.ところが,2007年におこった一連の有症患者無しの食品不祥事以来,原材料や製品の消費期限や賞味期限の偽装,表示の順序や記載事項の問題などのような製品開発や品質管理が大きな課題となってきた.さらに,中国製冷凍餃子事件に端を発する食品テロ的事件に対しては,人事管理なども含む広義の品質管理が必要となってきた.
安全な食品を製造する仕組みであるHACCPの危害要因分析で,危害を物理的危害,化学的危害,生
物学的危害と分類してしまったために,危害としてもっとも大事な微生物学的危害が過小評価されている.特に,異常ともいえる消費者の「異物」混入にたいするクレームと,それをあげつらうような一部の消費者団体やマスコミの過敏な反応により,真の食品安全がねじ曲げられている.昔は朝食に出されたちりめんじゃこからタコやエビが出てきた日は,縁起の良い「当たり」の日と考えたが,今では「異物混入」としてクレームになる.さらに笑い話でなく,魚から骨が出てきたというクレームがまかり通る時代になっている.刺身になった魚が泳いでいると考えているのであろうか.
このような風潮の結果,食品安全の本当のターゲットである微生物制御よりも,金属探知機やX線検査機の導入を重要視する馬鹿な食品衛生監視員やISO規格審査員まで輩出した.まさに嘆かわしいことだ.微生物汚染により,数千人もの有症患者が発生した事例はいくつでも挙げられる.しかし,異物混入で数千人の被害者が出たという事例は,残念ながら,今回の故意に乳製品に混入させられたメラミンの事例以外には知らない.本当に恐い食品安全の問題は,過去はもちろん現時点でも食中毒などの微生物汚染対策であることを,再確認したいものだ.
4.統計的方法を知らない審査員
最近よく聞く話であるが,ISO9001,ISO14001,ISO22000などの審査員に少し気になる常識のない人もいるようだ.例えば,仕組み全体を評価せずに枝葉末節にクレームを付ける,相手の立場を考えず自己の狭い経験を押しつける,品質管理に関する常識に欠ける,中には自分が世界で一番えらいと思っているのではないかと疑いたくなるような人までいる.
ここで問題にしたいのは,食品の安全性問題においてISO9001やISO22000の審査員の中においてさえ,工程管理の大切さを忘れ抜取検査の本質を理解せず,抜取検査をさらに厳しくせよ,全ロット検査をせよ,さらには抜取検査では安全を守れないなどという人さえも存在することである.規格の条文にはよく精通しているが,どうやら品質管理の基礎は無知に近いのではないかと思われる.審査員になるためには品質管理や統計的方法などの基本は学習していなければならない.だがその本質,さらにはなぜその様な方法が開発されたのかという歴史的認識までは,持ち合わせていないのではないかと思われる審査員がかなり多いようだ.このような審査員には,是非BCを受けて欲しいものだが,本人はえらいと考えているのだから困ったことだ.
最後に再度強調したい.食品の安全は,抜取検査だけでは保証できない.しかし,その前提に安定した管理状態の工程が存在するならば,抜取検査により工程の保証は可能である.ISO9001やISO22000は,その様な安定な管理状態を造り出すための仕組みである.
時代がいかに変わろうとも食品安全の中心課題は,微生物制御である.しかし,安全な食品といえども食品の持つ根源的な必要条件としての栄養やおいしさという品質が保証されなければ仕方がない.おいしさはリピータを作るための必須条件である.これらは,管理された工程により作り出され,工程の管理状態は安定な管理図により保証される.ISO9001やISO22000も,このような安定な製造工程を保証する仕組みつくりである.
今さらいうまでもないがやはり「温故知新」こそ大事なのではなかろうか.食品の安全を保証するためにも,品質管理と統計的方法を学び,歴史を学んだ上に素晴らしいしくみを作りたいものである.

