3.「BCとともに25年」<2016年09月28日>
早稲田大学 創造理工学部 経営システム工学科 教授 永田 靖
25年前、大学院博士課程1年のときに書記としてBC(大阪)を受講した。当時、私は数理統計学を専攻する学生で、数式だけの統計学を勉強していた。実務的に応用される統計学を知っておくことは有用だという指導教授の方針があり、BCに参加した。
BCに参加してみて、統計学が実務の場でいきいきと使われていることが新鮮に感じられた。数理統計学を専門としない他の工学分野の先生方や企業のエンジニアの方々が統計的方法を深いレベルまで勉強されており、講師をされているのを見て驚いた。そして、受講生の熱心さに感銘した。自分もBCの講師になって、エンジニアの人たちに講義してみたいと感じながら、受講した。
受講修了後、すぐに班別研究会の指導講師をさせていただいた。当時は、品質管理もBCも絶頂期で、受講生は毎回100名をはるかに超えていた。大阪コースは年3回開催されていた。そのすべてで班別の講師をし、演習解説にも毎回出席した。BCにのめりこんでしまった。
班別研究会は楽しかった。毎回、担当の受講生と飲みに行った。受講生の自宅に招待されて、ごちそうになりながら個別指導をしたこともあった。私のアパートの汚い部屋に泊まっていった受講生もいた。地方にある工場の見学に招いてくださる受講生もいた。何も知らない役立たずの学生だった私にもかからわず・・・。
受講を修了して約1年後、講義の機会をいただいた。「相関分析」「簡易分析」を併せた3時間の枠だったが、新人講師なので「相関分析」だけを私が担当し、残りはベテラン講師が担当するという具合だった。1週間かけて周到に準備した。事務局の(故)柳谷氏からは「何でも知っているような顔をして講義してくださいね」と言われていた。講義後、質問があったが、うまく答えられなかった。数学的に回答できても、質問者はそれを求めていない。実務的な質問だと、こちらが理解できない。アドレナリンが噴出、心臓が高鳴っていた。「講義、いまひとつだったなあ」ともらしていたら、柳谷氏が「永田さん、こんなアンケート結果がありますよ」と見せてくれた。アンケートの囲み枠からはみ出して、私の講義がよかったという感想がぎっしりと書かれていた。「分かりやすかった。理路整然としていた。しっかりと準備がなされていた。この講師の講義をもっと聴きたい・・・。」私はたちまち元気になった。このアンケートをきっかけに、統計教育をしっかりやっていこうと決意した。
その後、BCでいろいろな科目を講義した。毎回、準備をしっかり行ったので、自分では満足できる講義が続いた。
2年後、久しぶりに、思い出の「相関分析」「簡易分析」を講義することになった。班別の受講生からも「永田先生の名講義、楽しみです」と言われていた。しかし、力が入りすぎてしまった。結果は、
生涯最悪の講義になった。受講生のための講義のはずが、自分のための自己陶酔型の講義になってしまった。90分の内容の「相関分析」に150分もかけてしまった。残りは超特急。私は落ち込んだ。その講義後、班別の受講生は、この日の講義について一切触れようとしなかった。私はますます落ち込んだ。「教えすぎてはいけない」「やさしいことをさらにやさしく教えるのが良い講義」という先輩講師の意見が頭をかすめた。でも、安易な道はとりたくなかった。難しいことでも、大切なことはしっかり教えたいという気持ちは変わらなかった。
それから四半世紀。講義をする度に、そして、受講生から質問される度に、少しずつ深く理解できるようになってきた。でも、相変わらず、完璧な講義などできたためしがない。いまになっても、受講生からのアンケートには、「よかった」という感想がある反面、「何を言わんとしているのか全く理解できない」という手厳しい感想が混じっている。「良いこともあれば悪いこともある。人からの評価も同様。それが確率分布、それが世の中」と開き直るすべを身につけたのは成長の証。でも、これまでで一番良かった講義は、もしかしたら、一番最初の「相関分析」の講義だったかもしれない・・・。