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多目的設計探査の考え方―MRJに採用された最先端の設計開発手法とは?―<2017年01月20日>

東北大学流体科学研究所 所長 大林茂
 
1.データサイエンスと設計

 データサイエンスの主な目的は,ビッグデータなどの理解,すなわち知識の獲得だが,モノづくりは,意思決定を重要な要素として含んでいる。古くから,知は力なりといわれている。しかし,知識が多ければよい決定が下せるかというと,必ずしもそうではない。物事について知っていることと,物事を決められることは別物である。そこで,知識と決定を橋渡ししてくれるツールが必要となる。それが予測と最適化であると位置づけられている[1]。工学設計では,最適化は予測ツールである力学シミュレーションと対になり,全体として図1のような循環する図が得られる。
 
図1  知識と決定をつなぐ(参考文献[1]を参考に作成)
 
2.設計とアブダクション
 設計とは,要求を実現する形状を見出す一種の逆問題である。工学設計を非常に単純化すると,我々は,基本となる形状にどのような力が発生するかという限られた知識を持っており,これをもとに要求を満たす形状はどうあるべきかという問題の答えを予想する。この行為は,不完全な知識からの推論と位置づけることができ,アブダクションと呼ばれる。アブダクションとはパースによって導入された概念で,説明的な仮説を形成する過程(創造的洞察)であり,演繹や帰納に先立つ最も基礎的な推論の型である。設計という行為の核心部分で,アブダクションが重要な役割を果たすと考えられている[2]。
 そこで予測・最適化が設計の役に立つということの一つの側面として,設計者のアブダクションに役立つということが考えられる。アブダクションに役立つには,さまざまな仮説を思いつくような「仕掛け」が必要である。仮説とは,たとえばさまざまな観察結果にある「パターン」を見出すことである。このことはアブダクションの「仕掛け」として,「パターン」を理解するための「可視化」の重要性を示唆している。
 近年,コンピュータグラフィクスの発達により,シミュレーション結果を美しく表示することが可能になっている。しかし,設計に役立つ「可視化」とは,美しいだけでなく,設計という問題を共有し,認識し,理解し,対応(設計案)を決定するための「見える化」でなければならない。
 
3.多目的設計探査
 多目的設計探査(MODE)とは,多目的最適化によるトレードオフ情報の提示により,設計空間の構造を俯瞰的に可視化することで,設計者が設計候補を決定することを支援する方法である。このアルゴリズムは,実験計画法,応答曲面法,多目的最適化,統計手法,データマイニング法などからなる。
 通常の「最適化」では,単一の目的関数を扱う。設計者は完璧な理解のもとに最適化問題を決定しているという前提に立ち,与えられた最適化問題をいかに効率的に解くかを議論する。MODEでは,設計者は不完全な知識をもとに設計問題を解こうとしていると考え,最適化問題は単一の目的関数に帰着しておらず,複数の相反する性能を考慮しなければならないという前提に立ち,複数の性能(目的関数)が作るトレードオフに着目する。一つの性能が良くなるとき,もう一つの性能が悪化したり,さらに別の性能が変化したりする。多目的最適化問題を大域的かつ効率的に解く方法として進化計算法がよく用いられる。また,3つも4つもの性能のトレードオフを考えるには,さらにデータマイニング法が必要となる。
 MODEの特徴として,自己組織化マップ(SOM)による「可視化」が挙げられる。SOMは,提案者の名前を取ってコホネンネットとも呼ばれるデータマイニング法の一つであり,教師なし学習のアルゴリズムを用いるフィードフォーワード型のニューラルネットワークである。その最大の特徴は,高次元のデータを2次元にマッピングすることであり,高次元の設計空間をSOMにより2次元の紙面上に「可視化」することができる。
 設計にはもともと設計図という基本的な「可視化」ツールがあるが,これは形を「可視化」するものに過ぎない。SOMによりはじめて機能の「可視化」が可能になり,各種性能のトレードオフや設計変数の影響を見て取ることができるようになるので,設計における意思決定に大いに役立つと考えられる。
 MODEは,進化計算法やニューラルネットワークといった計算知能(人工知能の一種)の手法を駆使したアプローチであり,いわば人工知能を用いながら人間が主体的に意思決定を行うことを支援するツールである。
 
4.MODEによる国産旅客機MRJ開発
 2015年11月11日,三菱航空機(株)が開発したMRJ(三菱リージョナルジェット)が初飛行に成功し,日本国中に大きな感動を呼んだ。プロペラ旅客機YS-11の開発以来半世紀,欧米の下請けに専念してきた我が国の航空産業による初の国産ジェット旅客機開発には,シミュレーション技術が大いに活用された。
 

 図2  名古屋空港を離陸するMRJ(三菱航空機(株)提供)
 
 航空機の設計においては,機体周りの空気の流れが揚力や抵抗といった空力性能を決める一方,機体にかかる荷重を支える内部構造が重量や強度を決める。一般に空力抵抗と機体重量の削減にはトレードオフがあり,設計の目的に沿った適切なバランスが必要となる。筆者らの研究グループでは,MRJ開発の共同研究を通じてMODEを研究開発し,機体の流体および構造シミュレーションによってもたらされる各種性能のトレードオフを俯瞰的に可視化し,設計者の意思決定に役立てることができた。
 
5.ダブル・ループ学習のすすめ
 本稿では,「多目的設計探査(MODE)」の考え方とその背景を紹介した。MODEから得られるSOMは,設計の機能の可視化になっている。設計空間にはどのようなトレードオフがあるのか,すべての目的関数を改善するような領域があるのかどうか,そのような領域があるとするとそこに属する設計解はどのような特徴を持っているのか,これらが可視化とデータマイニング技術の応用によって解析できる。場合によっては,目的関数間のトレードオフ情報を個別に丁寧に見ていく必要があろう。しかし,このような考察によって設計空間の知識がより詳細に得られ,設計空間の「見える化」が進展すると考えられる。
 取り組むべき問題が決まると,よりよい結果を求めて努力することは比較的容易である。しかし,問題設定の背景に立ち返って問題設定そのものを見直すことが重要であるとするダブル・ループ学習(図3)という考え方が知られている[3]。「見える化」は,パターンからの逸脱など見えない部分を意識させる働きもある。設計変数を変えれば,よりよい性能が得られるかもしれない。別の目的関数を考える方が良いかもしれない。MODEをダブル・ループ学習のツールとすることが,よりよい設計への鍵となろう。 



図3 ダブル・ループ学習(参考文献[3])を参考に作成)
 
[参考文献]
[1] Zbigniew Michalewicz,et al.,Adaptive Business Intelligence,Springer,2006,p.5
[2] 冨山哲男,『設計の理論』(現代工学の基礎15),岩波書店,2002
[3] Diamondハーバード・ビジネス・レビュー編集部 編訳,『組織能力の経営論』,ダイヤモンド社,2007,p.91
 
 
 

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Profile

      大林 茂
  (おおばやし しげる)
東北大学流体科学研究所 所長、教授
1987年東京大学大学院
工学系研究科博士課程修了
        (工学博士)
同年4月 NASA Ames研究所 
          客員研究員
1994年 東北大学工学部助教授
2000年 同大学流体科学研究所
2003年より現職
2014年4月 流体科学研究所長併任
同年、平成26年度科学技術分野の
   文部科学大臣表彰科学技術賞
   (研究部門)
平成26年度流体科学研究賞を受賞
数値流体力学、超音速翼理論、
設計探査の研究に従事

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